使い道

就職した時に、呉服屋さんで働いている親戚のおばさんから、就職祝いだと言って振袖一式を頂きました。
振袖何と本当に高価なもので驚いたのですが、以前にたまたま出た格安の品をおばさんが買い取って自宅で保管してあったものなのだそうです。
落ち着いた柄の、とても素敵なお着物でした。
それから何回か、友人や親せきの結婚式に呼ばれた時に着ました。
自分で着付けは出来ないので、着付けとヘアーを頼んでいたので、実際には洋服を買うのと変わらない位のお金が毎回かかってしまっていました。
それでも普段は着られないものを着られるのが嬉しかったですし、周りの人がきれいな着物だと褒めてくれるので、あまり気になりませんでした。
それから何年かして、自分も結婚してからは、振袖を着る事はなくなりました。
既婚者でも、袖を短くすれば普通のお着物として着られるとは聞いていたのですが、子供が生まれてからは特に縁遠いものになってしまっています。
でも、大好きのお着物なので、袖を切るなり、娘に継承するなり、よく考えて決めたいと思っています。

振袖、成人式に出られなかった

成人式を洋服で振袖で、ひっそりとお寺さまで行う方がいるのです。
家族同伴で、これからの、出世や成長を祈願して読経とお題目で二十歳になりました。
喜びとともに感謝の念を込めて更なる飛躍ができますようにと祈願する。
30分程度の住職さまの説法に耳を傾け聞き入ること、これも成人の義となります。
楽しそうに写真撮影するご家族の方々を背に、振袖はやせたら似合うのにと思ってしまうのでした。
母も振袖着せられなかったと肩を落としているように見えて、せつなくなったのを覚えています。
とりあえず出世するのはいつの事、名誉と名声を意が者にする日はいつくるだろうか、経代を降りながら刻々と考えあぐねて下の引き石が丸く白く白く光を放つのが目に入りました。
段差にきずかず躓いたりして、これは今晩も、振袖談義に花が咲くなぁ。
案の定、家に帰ると母が、振袖でみんな楽しそうだった。
洋服なんて着ている人もいなかった。
残念そうに言い出す母、後できっと買って着せてやりたいというのです。
太っていて似合うはずがないとずーーと思い込んでいましたが、母は成長した我が子の振袖姿を、太っていようとやせていようと目に焼き付けておきたかったに違いはありません。
地味な母ですが、ほかの人がしていることは、我が子にもしてあげたいと強い意志の表れだったのです。